こんなにも好きになるなんて

妻と中学生の娘を持つ48歳の最後の恋
(2月で48になりました。1年間生きられました。)

幸せになるために

もっと金持ちの家に生まれたかった。

もっと美しい容貌に生まれたかった。

もっと頭がよかったら。

もっと親に愛されていたら。



不運を嘆き、「別の人間に生まれ変わりたい」という叶わぬ夢を見ている人も

いるかもしれない。

しかし、「今の自分の境遇が気に入らないから」という理由でそう思うのであれば、

仮にその願いが叶ったとしても、

神様はきっと、そのごう慢さに気づかせるために、さらに厳しい運命を与えるだろう。

そのときになって、初めて自分がどれ程恵まれていたかを思い知るのです。

失ってはじめて気づくことを思えば、

失わないうちに気づくことがどれだけ

幸せかが判ります。


「貧しい家に生まれるのと、生まれてすぐに

病気で死ぬのと、どちらを選ぶか」

と言われれば、誰でも貧しい家に生まれることを望むはずです。


「今、自分は幸せである」と思えなければ、

どれだけ別の人生を選び直しても、

崖のふちを歩いているような不安に

悩まされ続けるだけです。

幸せは、「もっとほしい」と願うことで

得られるものではありません。


「もし、今より恵まれない状況にあっても、

幸せを感じられるだろうか」

と考えてみることで、現在の幸せが

くっきりと浮かび上がってくるのです。

誰かを憎んでいる人は、「世の中には、もっとひどい仕打ちを受けているのに、

それを許している人もいる」

と考えてみてください。


「毎日が退屈で、将来の希望もない」

とこぼしている人は、

「もし自分が明日死ぬと判ったら、

何をするだろうか」と考えてみてください。


「もっと恵まれた状態にあれば」

という欲望には、きりがありません。

「今でも充分に恵まれている」と思う以外に、幸せになる方法はないのです。

「恋人がもっと私を愛してくれたらいいのに」といくら願っても、余計に愛されることは

ありません。

要求してえられた愛は、しょせん本物の愛

ではないのですから。


逆に「もう充分です。ありがとう」と

感謝すれば、相手はもっと愛したいと思うようになるのです。

自分の心に余裕ができると、

他人に優しくなれます。

他人に優しくできる人は、感謝され、

認められ、ますます心に余裕が生まれます。


心に余裕をもつために、背伸びをしたり、

自分をごてごてと飾りつけたりする必要はないのです。

電車で席を詰めて座るように、

ちょっとの隙間をあけてやればよいのです。


そこには、まだまだ多くの幸せが

入り込む余地があるのです。

私たちの心には、自分でも気づいていない

余分の隙間がたくさんあると思うのです。

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